NPO 本と温泉に会いに行く。


志賀直哉が『城の崎にて』を生んだまち、城崎温泉で
地産地消の本づくり?・・・・・・・・・・・・・・・

大将伸介
錦水旅館 代表取締役。NPO 本と温泉理事長。1976年、兵庫県生まれ。立命館大学卒業。城崎温泉旅館経営研究会会長としてNPO 本と温泉の立ち上げに参加し、NPO 本と温泉理事長に就任。

片岡大介
株式会社三木屋 代表取締役。NPO 本と温泉理事。1981年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業。志賀直哉の小説『城の崎にて』が生まれた宿、三木屋の10代目当主。

 

「文学のまち」城崎の再生と『城崎裁判』

 そもそもこの企画「差し出し方の教室/受け入れ方の学校」は、同じものでも差し出し方が丁寧だと伝わるし、そうじゃなければ伝わらない、では「本」はどんな差し出し方をすれば、読み手に届くのか、業界を問わず差し出し方のプロにインタビューをしてみようというところから始まりました。
 今日は「受け入れ方」の方、今まで本なんて存在しなくてもよかった温泉街で『城崎裁判』 [1]はどのように受け入れられたのか? この本ができて、まちや人の往来に変化はあったのか? 今日はNPO本と温泉 [2]のメンバーでもあるお二人にお話を聴かせていただければと思います。
 そもそも、この『城崎裁判』を出版するきっかけから紐解いていきましょうか?

大将 一昨年、2013年は志賀直哉 [3]が城崎温泉 [4]を訪れてから、ちょうど100年目の記念の年だったんです。城崎のまちには我々の旅館経営研究会をはじめ、商工会だとか、いろいろな団体があって、来湯100周年を盛り上げたいと思いつつも、各団体がそれぞれバラバラな動きをとっていました。
 そこで、志賀直哉城崎温泉来訪100周年記念事業実行委員会を立ち上げて、その枠のなかでいろいろな記念事業を実施することにしました。

万城目学『城崎裁判』(発行・発売:NPO 本と温泉)
万城目学『城崎裁判』(発行・発売:NPO 本と温泉)

片岡 僕たち旅館経営研究会、通称二世会は100周年を機に「文学のまち 城崎温泉」を、もう一度発信していきたいと考えました。でも、その具体的方法がわからなくて・・・・・・。

大将 そもそも城崎には「歴史と文学と出湯のまち」という枕詞があります。とはいえ、実際まちを歩いてみても、文学碑はたくさんありますが、それがまちづくりや景観に活かされているかというと、そういうわけでもない。バブルの後、20年ぐらい前からは「カニと浴衣のまち」という新しい流れができて、それはそれで城崎を賑わす要素にはなっていたんですけれども、やはりもっと長い目で見たときに、城崎を知ってもらう要素として「文学」というものをもう一度見つめ直すべきなのではないかと考えました。
 特に関西圏の人にとっては「城崎=カニ」、「カニ=城崎」の印象があると思いますが、今はインターネットで全国各地からお取り寄せができて、どこにいても食べられてしまうわけで、やっぱりそのブランド力も弱くなってきています。

片岡 冬のカニで関西のお客さんだけで商売が成り立っていた時代から脱却するのに、文学はひとつのチャンスになるのではないかと考えたんです。

 いま日本全国で各地方が活性化のために、さまざまな商品開発を試みたり、ゆるキャラをつくったりしているなかで、でも結局何が本当の強みになるかといえば、そもそも自分たちがこれまで立ってきた場所に積み重なっているはずですよね。城崎の場合はそれが文学だった。
 僕も近代文学は好きなのでこれまでも読んできましたし、志賀直哉の文体は過不足のない完璧な文章という印象があって、その魅力はきちんと伝えていきたいと思いました。

大将 最初、僕たちの二世会のなかでは『城の崎にて』は他の短編との合本が多いので、単体で出せないだろうかっていう話をしていたんです。

 確かに、新潮文庫も『小僧の神様/城の崎にて』で刊行されていますよね。

片岡 とは言え、僕らには具体的な動き出し方がわからず、いろいろなところで「何かいい案ないですか?」って聞いて回っていました。そうしたら、見かねた田口さん [5]が「ちょっとおせっかいしてあげようか?」って言ってくれて、本を使っておもしろい仕掛けをしている友だちがいるからということで、幅さんを紹介してくださいました。幅さんに初めて城崎に来ていただいたのが2013年でしたね。

 1月の終わりくらいに、僕とUTRECHT [6]の江口さん [7]とで行きました。
 来てみたら、カニも美味しいし、温泉も気持ちがいいし、若い女性が浴衣に下駄でカロンコロンそぞろ歩きをしていて、なんていい街なんだろうと思いました(笑)。
 でも、まち中の本屋さんをのぞいてみたら、城崎温泉ならではのセレクションをしているわけでもないし、文芸本も置いてない。これで「文学のまち」を謳うのはちょっと厳しいんじゃないかな、というのが最初の印象でしたね。

志賀直哉が逗留した宿、三木屋のロビー。本棚にはBACHのセレクションによる本が並ぶ。
志賀直哉が逗留した宿、三木屋のロビー。本棚にはBACHのセレクションによる本が並ぶ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

大将 もともと僕たちよりもシビアな視点で見ておられた。

片岡 まちのなかに、文学を感じられるところがないっておっしゃっていましたよね。

 最初はそうでしたね。文学の言葉みたいなものが、ここに来るお客さんにはまったく通じないんだという前提でプランを立てました。要は、本好き相手ではなくて、カニ好きに訴えかけるプランです(笑)。カニが好きで城崎を訪れた人に何を言ったら聴いてもらえるのか。
 志賀直哉が『城の崎にて』を書いたのが1917年なので、もうすぐ100年が経ちます。もちろんリスペクトはしているんですが、100年も前の作品を「読め、読め」と現代人の胸元に押しつけてもおせっかいの領域を出ないんじゃないかと思いました。
 でも、じゃあどうしたら、まちに来ている人に楽しんでもらえて、なおかつ城崎を「文学のまち」としてもう一度再認識してもらえるような足がかりができるのか? そのためには、『城の崎にて』を現代版にアップデートしないことには始まらないのではないかという話をしました。

片岡 それで江口さんチームと幅さんチームに分かれて、二手で具体的に考えてみようということになったんでしたよね。

 江口さんが作ったのは豆本としての『注釈 城の崎にて』。志賀が当時どういう心持ちで城崎を訪れたのか、なぜ山の手線に轢かれたのか、オリジナルの『城の崎にて』に濃厚な注釈を添えたものを作りました。
 一方で僕らは、せっかく温泉街だから、城崎で本を読むのに一番気持ちがいい場所はどこかと言えば、お風呂でしょ? ということで、防水の本を作ろうというところから始まったんですが、『城の崎にて』をそのまま防水加工の紙で出版することは著作権の関係でいろいろと難しく、じゃあどうしたものか? と考えたときに、城崎温泉に逗留した現代作家に新作を書き下ろしてもらう、というプランが進みました。

片岡 そのタイミングで、自分たちでNPOをつくったらおもしろいんじゃないか? という提案を幅さんからいただいて、それで「NPO 本と温泉」が発足したわけです。

 基本的に、本は出版社からじゃないと出せないと思われていますし、もちろんそうすればしかるべき流通ルートにも乗るので、全国の書店に配本されることになるわけですけど、でもせっかく城崎のまちに依拠した物語を作るのに、それをわざわざ東京に持っていって、またこっちに持って帰ってくるのはどこか不自然、もう出版社つくっちゃえばいいよ、できるよ! ぐらいの感じで。大変なことは1mmも言わずに、いい意味でかどわかしたというか(笑)。

片岡 それで城崎の旅館の40歳までの若旦那衆が集まって、NPOを作ることになりました。

 ヤングで自由な組織なんですよね。

片岡 そうですね。どちらかというと、「二世会は元気ええな、また新しいことやっとるな」みたいなふうに見られてますね(笑)。

大将 二世会は任意団体なので、やりたいことをやれるんです。これまでも二世会でお香をつくったり、城崎のまちのなかを歩くための湯籠をつくったり、外湯巡り [8]とか、城崎を楽しんでもらうための仕掛けをいろいろと考えてきました。
 でも、これまではあまり大きな継続事業をやれていなかったんです。今回、ちょうど100周年事業という節目で、たまたまこういうご縁があって、アイディアもあったからやれたっていうのが一番でしたね。

 

地産地消の本づくり

 もともと僕と万城目さん [9]はサッカーを通じて知り合ったんです。はじめて会ったとき、アーセナル [10]の筆箱を取り出した万城目学に僕はもう首ったけでした(笑)。僕の心のクラブですからね、アーセナルは。それ以来のご縁です。
 万城目さんには2013年の冬と2014年の春、2回城崎に来てもらって、志賀直哉も滞在したという三木屋の26号室に宿泊していただきました。本当によくまちを見てくださって、『城崎裁判』の文中に登場する「灯籠」だとか、「たらいのような桶」だとか、まちなかに実在するスポットなんです。本当にディテールが見事で。
 万城目さんが城崎に逗留している間、なるべく万城目さん本人が一個人として自由にまちを探索できるようにしてもらいました。それによって、まちをニュートラルな視点で見ることができる。万城目さんの目を通して、おもしろいと感じたものをそのまま物語に入れ込むことができたんじゃないかなと思います。

大将 万城目さんの文体で城崎の物語を読むと、まちの別の顔が見えてくるというか、ガラッと変わった城崎のあり方を見せてくれたと思います。すごくいい出会いでした。

 現代作家をキャスティングすることが決まったとき、どうしても志賀というと白樺派 [11]の重要人物で、すごく端麗な文体という印象があるので、そのままの路線でいくと、わかりにくくなってしまうかもしれないなと思ったんです。
 万城目さんはもともと関西の出身で、デビュー作の『鴨川ホルモー』 [12]で京都を書き、『プリンセス・トヨトミ』 [13]で大阪を書き、『偉大なる、しゅららぼん』 [14]で滋賀を書き、『鹿男あをによし』 [15]で奈良を書いています。関西の地場にすごく詳しい方ですし、なんとなく城崎のテンションもわかってもらえるんじゃないかなと推察したんです。さらに何かの雑誌で、万城目さんがずっと残したい自分のなかの定番小説に『清兵衛と瓢箪』 [16]を挙げていたのをたまたま読んで、この人、志賀直哉とちゃんと繋がれると確信しました。
 もちろん作家として人気があることも重要な要素の一つですけど、志賀とのつながり、城崎とのつながりがきちんとあって、しかもそれを現代人が読めるような新しいストーリーとして紡いでくれる人という意味で、絶妙なキャスティングだったなぁと今さらながら思います。
 でも本当に万城目さんの英断ですね。万城目さんのような作家が出版社に原稿を持っていけば、初版で何万部の世界です。それをよくこんな小さな仕事を引き受けてくださいました・・・(笑)。

片岡 本当ですよね。『城崎裁判』は初版1000部。僕たちはNPOということもあって、いきなりたくさん刷るにはコストが厳しくて・・・・・・。自費でお金を出し合って回していますからね。
 書き手の意識としては、全国でたくさん売って欲しいというか、少部数は嫌だというのが一般的かなという気がしていましたが、万城目さんの場合は、城崎に行かないと買えないことを自分のファンに伝えたときの「え~っ?!」っていう混乱した反応が楽しみでしかたがありません、という感覚だったんです(笑)。

 『城崎裁判』の発売は2014年9月17日で、“城崎でしか買えない”ということが話題になり、僕たちの予想を上回る勢いで、一気にたくさんの人が買いに来てくれました。
 最初の週末には関西圏の書店員さんが「ゲットしました!」ってツイッターにあげていたり、かなり盛り上がりましたよね。

片岡 米子から日帰りで買いにいらした方がいたり、島根からいらした方がいたり。おかげさまで最初の一週間で、初版1000部のうちの500部が売れてしまって、このペースはまずいぞと本当に嬉しい悲鳴でした。

 増刷を決めたのが発売翌日の9月18日でしたからね。2刷のときは、カバーに使っているタオルの生産が間に合わなくて、苦肉の策で各旅館のタオルをみなさんに提供していただき、それをカバーにするという作戦で。2刷で700部、3刷で3000部刷ったので、いま累計4700部ですね。

『城崎裁判』のカバーは温泉で使用するタオルでできている。
『城崎裁判』のカバーは温泉で使用するタオルでできている。

片岡 この『城崎裁判』が、日帰りしてまでも時間を使って城崎に来る原動力になるんだ、ということがわかったのはすごい発見でした。

大将 僕たちも、おもしろいことができるんだということを知ったというか。

 本来「本をつくる」ということは少人数で一気に盛り上がった熱量をそのままに、熱いうちに読み手に届けることだったんだなと再確認しました。
 出版社を通すと、どうしても会議にかけて・・・とか、取次の配本はどうするんだ? とか、複数の立場の人がかかわるうちに、だんだんと初期衝動が冷めて、エネルギーが萎んでいく。この『城崎裁判』はそのエネルギーを熱いままに世に出せた、という感覚がありますね。
 たくさん刷って、たくさん売って、たくさん読んでもらうことが従来の出版の正義というか、疑いなくみんなが目指す一つの方向でしたけど、敢えてこの場所でしか売らないというやり方は、実際いかがでしたか?

片岡 まちの人にとってすごく効果があったと思います。
 『城崎裁判』はNPOから城崎温泉内の旅館やお土産物屋さんに卸して、各店舗で定価販売してもらっています。これまでだったら、二世会で何か新しいものを作って、まちのお土産物屋さんに案内を出しても、まずは様子を見るんです。「なになに? またなんか若いのがやっとるで」「なんやわからんな。様子見ようか」と。
 そういうところから始まることが多いんですけど、実際にお客さんが店頭に来て、「『城崎裁判』ありませんか?」って問い合わせを受けると、「ちょっと悪いけど、すぐ持ってきてくれんか?」ってなって。

 お土産屋さんが?

片岡 はい。お土産物屋さんのご主人が「5冊もってきて」とか言うんですよ。次の日には「悪いけど20冊持ってきて」みたいな感じになって。
 これまでの「また若いやつがなんかやっとるで」が、「なんかすごいな。うちもちょっと欲しいわ」に変わりました(笑)。

 華麗なる手のひら返しというやつですね(笑)。

片岡 まちの人が喫茶店で「『城崎裁判』っていうのができて、すごいらしいんだわ」みたいな話をして、常連のお客さんからその話を聞いた喫茶店のマスターが「置きたいから持ってきて」って連絡をくれることもありました。結局、いま城崎温泉内の旅館やお土産物屋さん、合わせて約30店舗で取り扱ってもらっています。
 まち全体に「あれ、すごいらしいで」「うちも置かして」っていう話が飛び交ったんです。

 「売れてるらしいで」という噂が。

片岡 そうなってくると、NPO自体がちゃんとした活動をしているんだという証明にもなりますし。

大将 このプロジェクトの目的のひとつに地域振興があるわけですからね。

 東京の書店さんからも取り扱わせて欲しいという要望はたくさんいただくんですけど、今回ばかりは「ごめん、どうしても無理だ」ってお断りしています。お声掛けいただくのはありがたいことですし、本当はすごく売りたいです。都心で立地条件もすごくいい、話題性のある書店さんに卸せば、販売部数もすごく伸びると思います。でも、敢えて流通させない。ネット販売もしない。城崎まで行かないと買えないし、読めない、その価値って絶対あるはずなんです。少しでもその軸がゆるむと、最初のコンセプト自体が崩れてしまう。
 この企画はたくさん売ることに主眼は置いていなくて、その前にこの『城崎裁判』をきっかけに城崎のまちに人が来てくれて、まちのいろいろな場所を見て、まちの新しい魅力を発見してくれるとか、そちらの方が重要なんです。

NPO本と温泉のメンバーのお二人。大将さん(左)と片岡さん(右)。
NPO本と温泉のメンバーのお二人。大将さん(左)と片岡さん(右)。

大将 城崎のまちのなかにあってはじめて、この本が活きるということもあると思います。万城目さんがまちなかの実在スポットを物語に取り込んでくれたおかげで、『城崎裁判』を読んで、実際にまちを歩きたくなるというか、ガイドブック的な役割も果たしてくれていると思いますね。

 万城目さんもこの本がまちのなかでどういう立ち位置に置かれるのかもよく理解して、そのうえで執筆してくださいました。本当にすごい人です。
 やっぱりこれは作品として優れているから評価されているんだと思います。どんなにネタとしておもしろくても、物語の中身をどう作るのか、それはきちんとやらなきゃいけない。カバーがタオルだとか、防水加工の紙を使っているだとか、入り口としていろいろな仕掛けがあるけれども、最後はやっぱり物語を読んで、「あぁ、おもしろかった」って言ってもらえないと、本を差し出すプロセスとしてコンプリートしないと思っています。

 

本とまちづくり

 まちにとって「売れた」というのは大きかったですよね。数字があがって、赤字じゃない限りは事業として継続もできます。もちろんみなさん旅館業やお土産物屋さんの本業がありますから、『城崎裁判』の売上で利益をあげることは目的ではないにしても、まち全体の魅力の底上げという意味では、このプロジェクトはできるだけ長く続けていきたいと思っています。たとえば10年後に、10人の作家で城崎の10の物語ができていたら嬉しいですよね。

大将 城崎の10の楽しみ方ができますね。

 事業が続けば、これからのまちの移り変わりを反映するものにもなるかもしれないなと思います。万城目さんも「30年、50年売って欲しいです」っておっしゃっていたので、その約束はちゃんと果たさないといけませんしね。

大将 いまの城崎は過疎というか、特に商店がどんどん減ってきていて、残念ながらこの10年で100軒ぐらい減ってしまいました。このまちが儲かるまちでいなければ、やっぱりまちの人も居続けてくれませんし、まちを出て行った跡取りたちも戻ってこないと思います。
 僕たち旅館も同じで、どんどん減ってきている。城崎では共存共栄を大事にしていますが、それは街並みをつくるのは一軒一軒の商店であり、旅館なので、数がないことには継続できませんし、それがなくなってしまったら生きたまちじゃないという想いがあるからなんです。
 城崎が生きたまちであり続けるためには、どうやって儲かる仕組みをつくるのか、まち全体で考えていかないと難しいと思います。そのきっかけの一つとして、今回の企画はまちの人みんなに恩恵を与えてくれたという印象がありますね。

片岡 温泉とか喫茶店とか、実際に自分たちが茶飲み話をするような場所で、『城崎裁判』が話題になっている様子を聞くと、まちの活性化にもつながっている実感がわいて、すごく嬉しいです。
 今までは「『城の崎にて』ってどんな話?」ってお客さんに聞かれて、即答できるまちの人なんてほとんどいなかったと思います。でも、『城崎裁判』のことを聞かれたら、「万城目学さんっていう人が城崎に泊まって書いた話なんですよ」って答えられようになりました。うちの旅館では受付のところで販売しているんですが、精算のとき、お客さまに「これなんですか?」って聞かれて、待ってました! とばかりに説明させてもらい、「おもしろいね、1冊ちょうだい」というのがたいがいのパターンになってますね。

 売れるもので、ちゃんとそれが自分たちに関係のある存在に変わるっていうのはすごく重要ですよね。それだけ売れてるんだったら、ちょっと読んでみるか、という人もいるわけですし。
 そういう意味では、次回もちゃんと売れるものを作らないといけませんね。

大将 お願いする作家の方に対しても、お客さんに対しても、城崎に来てもらうっていうのは、僕たちはすごく有効な手段を持っている気がします。もともと文人が来て、小説を書いたり歌を詠んだりしていた土地だったわけですから。

片岡 城崎の空気感、来たことなかったけど、来てみるとすごくいいねって言ってもらえることが多くて、だんだん僕たちもそれが自信になってきています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 あとはまちなかの本屋さんで取り扱ってもらえるといいんですけどね。

大将 自動販売機はどうですか? 豊岡に鞄の自動販売機があるんです。

 本を売る自販もあってもいいかもしれないですね。駅前に置ければ、販路も広がりますし。

片岡 駅の横の足湯のところに置いておくのもいいですね。

 あそこはビールも飲めますしね。自販おもしろいと思います。
 中身を月ごとに変えられたら、さらにおもしろい。温泉にまつわる本や、春先だったら春に読みたい本、夏場だったら夏に読みたい本、時候に合わせて商品ラインナップを変えて、「城崎10冊の小さな本屋を自動販売機でやっています」という謳い文句だとパブリシティ的にもおもしろいじゃないですか。それこそ差し出し方、「文学のまち」城崎だからこそのやり方があると思います。
 そういうことがまちの風景として日常になってきたら、また少しずつ変わってくると思います。

片岡 こうして本ができてみて、まちの人間も志賀直哉ゆかりの城崎温泉、文学のまちということに関して、もう一回プライドを取り戻してくれている感じが少しずつ伝わってきています。

大将 じゃあ、今年は売り方の新しい提案と、次回作の作家さん、考えていきましょう。

 そうですね。継続事業として頑張っていきましょう。今日はありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。

  1. 万城目学『城崎裁判』(2014):発行・発売/NPO法人 本と温泉 []
  2. NPO 本と温泉:2013年の志賀直哉来湯100年を機に、次なる100年の温泉地文学を送り出すべく、城崎温泉旅館経営研究会が立ち上げた出版レーベル。多くの作家、詩人、歌人が訪れた温泉地としてこれからの100年読まれ続ける新しい本づくりを目指している。 []
  3. 志賀直哉(1883~1971):小説家。宮城県生まれ。白樺派を代表する小説家のひとり。「小説の神様」として多くの作家に影響を与えた。 代表作に『城の崎にて』『暗夜行路』等がある。 []
  4. 城崎温泉:兵庫県豊岡市城崎町にある温泉。平安時代から知られており、1300年の歴史をもつ。幕末には新選組に追われた桂小五郎が城崎温泉に逃げてきたと言われ、明治以後も志賀直哉、有島武郎等多数の文豪が来訪した。 []
  5. 田口幹也:1969年、兵庫県生まれ。東京でベンチャーの起業、ショップのオープン等、企画やPR、営業など多様なキャリアを積む。現在は故郷である豊岡市にU ターンし、市の地域デザインに関わっている。 []
  6. UTRECHT:2002年7月にオンライン書店としてオープン。その後、代官山、中目黒、表参道でのリアル店舗の開業を経て、2014年、渋谷区神宮前の現在の場所に。国内外のアート、デザイン、ファッション関連の希少本等、作り手の顔がみえる書籍を中心に販売している。 []
  7. 江口宏志:1972年、長野県生まれ。UTRECHT代表。THE TOKYO ART BOOK FAIR共同ディレクター。Amazonにないアイテムばかりを取り揃えたnomazonや、読書の新しい楽しみ方を提案する読書フェスなど、本との新しい関わり方を生み出している。著書に『ハンドブック』(学研)、『ない世界』(木楽舎)等がある。 []
  8. 外湯巡り:「外湯」(そとゆ)とは、旅館の中にある「内湯」(うちゆ)に対してつけられた名前。城崎温泉には7つの外湯があり、温泉客は浴衣に下駄で街をそぞろ歩きしながら、外湯を巡るのが定番の観光スタイルとなっている。 []
  9. 万城目学:1976年、大阪府生まれ。小説家。京都大学法学部卒。『鴨川ホルモー』でデビュー。『プリンセス・トヨトミ』『悟浄出立』等、著書多数。 []
  10. アーセナル:ロンドンに拠点を置くプロサッカークラブ。 []
  11. 白樺派:同人誌『白樺』を中心に起こった文芸思潮のひとつ。主な作家に武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、柳宗悦がいる。理想主義・人道主義・個人主義を背景にした作品を多く発表し、大正期の文壇の中心的な存在となった。 []
  12. 『鴨川ホルモー』(2006)
    :発行/産業編集センター・角川文庫(2009) []
  13. 『プリンセス・トヨトミ』(2009):発行/文藝春秋・文春文庫(2011) []
  14. 『偉大なる、しゅららぼん』(2011):発行/集英社・集英社文庫(2013) []
  15. 『鹿男あをによし』(2007):発行/幻冬舎・幻冬舎文庫(2010) []
  16. 『清兵衛と瓢箪』:1913年に読売新聞にて発表された志賀直哉の短編小説。瓢箪をこよなく愛する少年と無理解な大人たちとの対立を描いた物語。 []