土居利光さんに会いに行く。

日本で最初の動物園、上野動物園園長さんに聞く、
行動展示、そして大人動物園とは?

 

土居利光

恩賜上野動物園園長。1951年東京都生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、東京都環境局生態系保全担当課長、同自然公園課長、多摩動物公園園長等を経て2011年より現職。2010年、首都大学東京客員教授に就任(兼務)。専門は、造園学、自然保護政策、動物園学。著書に『造園の事典』(共著/朝倉書店)、『大人のための動物園ガイド』(共著/養賢堂)、『動物園学入門』(共著/朝倉書店)他がある。  

 

動物園のみかた

 今日はお時間をいただき、ありがとうございます。

 僕はもともと書店員として働いていたのですが、独立後にBACHという会社を立ち上げ、美術館や空港、病院や保育園など、人が本屋に来ないなら、人がいる場所へ本を持っていこうということで、これまで色々な試みを重ねてきました。その際に大切にしているのは“どんな本を選ぶか”ということに加えて、選んだ本を“どう差し出すのか”ということです。

 業界を問わず、どんな分野にも表現や商品、モノの差し出し方に工夫を凝らしたお仕事をされている方がいらっしゃるのではないかと思い、「差し出しかたの教室/受け入れかたの学校」と題したこの連載では、さまざまな現場で活躍されている方に会いに行こう、というところからスタートしました。

 そのなかでも今日は、近年特に注目されるようになった動物の行動展示 *1など、動物園での展示方法について、お話をうかがえればと思い、上野動物園園長である土居さんにお時間をいただいた次第です。

 はじめに、上野動物園における動物の展示方法の変遷をお聞きしたいなと思います。

土居 上野動物園は、農商務省博物局の附属施設として、1882(明治15)年に開園した日本で最も古い動物園です。つまり博物館の附属でできたということは、簡単に言うと展示方法も似ているということなんです。

 博物館の展示は生き物の展示ではありませんから、大雑把に言ってしまうと、どうやって分類するかという話になります。ですから、かつての動物園では「ネコ科」だったら、ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー・・・というように学名によって分類したり、動物が生息している地域ごとに集めて展示したりしていました。さらに言えば、数多く展示することが大前提のルールでした。

 行動展示が言われるようになったのは、ごくごく最近の話です。たとえばいま、動物園に行ったとき、柵に囲まれた檻のなかで動物たちが展示されていたとしたら、どう思われますか?

 「かわいそう・・・」って思うかもしれません。

土居 そうですよね。でも、昔の人たちはそんなこと思いませんでした。これは何を意味しているのかというと、おそらくみなさんはいま、動物園に動物を見に来ているわけではないんです。人間が動物をどういうふうに思っているかを見ているのに等しい。

 ですから、我々は動物園として、「この動物はこういうふうに見るんですよ」という気持ちを乗せて展示していく必要があります。本来、動物園は「○○は、こういう生き物です」「○○には、こういう習性があります」「だから、こういう視点で見てくださいね」という刷り込みのための教育の場でもある、と私は思っています。

 たとえばゴリラのオスとメスが2頭ずつ展示されていたとして、「あ、仲良さそうでいいね」で終わっていたとすると、実はそれは見方を間違えているんです。「ゴリラは群れで生活する動物なんだ」ということに気づいて欲しい。

 ですから、上野動物園では群れで生活する動物は群れで、大きい動物は広いところで飼うということを基本的な考え方にしていますし、日本の動物園、水族館全体を見渡してみても、なるべく彼らが心地良いと感じる生活スタイルや環境を作るような展示に変わってきています。

 とは言え、動物たちが住んでいる自然環境を動物園の中にそのまま再現できるわけではありません。擬似的な場所になったとしても、動物の特徴的な習性が出やすい環境をつくるのがいいと思います。たとえば霊長類だとしたら、コンクリート張りの壁の一部に穴をあけて、その穴に指を引っかけて登れるようにしたり、引っ張ったら綱が出てくるような仕掛けになっていたり、少し工夫が必要だと思います。

 要するに、飽きさせない。動物たちが野生で暮らしているときに使う能力を、うまく引き出す環境をつくる。そういう環境をつくっていくことが大事なことだというふうに、私は思います。

ゴリラの動物舎

 一昔前の動物園では、動物は檻のなかにいて、柵の横には動物の説明があって・・・・・・、というのが当たり前でしたよね。説明を読みながら、ふむふむと感心し、その後で動物を見る、という流れでしたが、最近の動物園では、動物の行動に重きを置いた展示がされていることもあって、まずは動物の動きを見て「はっ」と感じ、それから説明を読んで「なるほど」と思う。どんどん順番が逆になっています。

 さきほど、土居さんもおっしゃっていたように、動物園はもちろん教育の場でもあると思いますが、最初から学ばせようとすると難しいと思うんです。本も「読め、読め」と胸元に押しつけてもなかなか読んではくれません。「読め、読め」ではなくて、気がついたら知らない間に読んでいた、という状況をどうやったら作れるのか、それが僕のなかでテーマなんです。

 「この動物は○○です」「あの動物は○○です」と説明される前に、「わっ、なんだろう? この動物」と思って、グッと入り込んで見ていたら、実はそれが動物を理解するための最初の一歩になっていたというのが理想ですよね。

 土居さんの執筆された論文なども拝読させていただきまして、その中で「動物園や水族館の意義や役割が時代とともにどんどん変化してきている」とおっしゃっていましたが、それはどのぐらいのタイミングから変わってきたのでしょうか?

土居 1970年代、頻繁に環境問題が取りざたされるようになって、ワシントン条約 *2をはじめいろいろな法整備が調っていきました。あの頃からじゃないかなと思います。

 ただ並べる、一覧するだけでは済まなくなって、動物の声に耳を傾けるような方向性の展示が現れるのは、やはり学術的にも見て取れるのでしょうか? たとえば動物行動学 *3の分野では、科学的な技術が発達すればするほど、動物のメッセージがわかるようになってきたとか?

土居 そうですね。フィールド研究も進んできましたし、たとえば京都大学では霊長類研究所 *4でチンパンジーの研究などをしていますよね。そういった研究成果が動物園の展示にも生かされてくるようになってきました。

 たとえば、ゴリラの場合はオスを主体に群れを構成していますから、群れの継続のためには動物園間でメスのゴリラの交換システムを確立して、数を維持する必要があります。どういうような動物交換をしていけばいいのかということが、フィールド研究の成果からわかるようになるわけです。

 動物に関する研究も進んでいますし、時代時代によって進歩がありますからね。それぞれをいかしながら展示方法を考えていかなくてはいけないということだと思います。  

 

ひとが動物を見ている時間は○分?

 僕は愛知の出身で、上京してから20年以上がたつのですが、上野動物園は本当に足繁く通ってきた場所なんです。特に子どもが生まれてからは、これまで以上に何度も来ていて、その間、動物の見せ方そのものもどんどん変化しているなという印象があります。

 ネット社会化が進んで、極端に言えば部屋から一歩も出なくても生活できてしまう時代だからこそ、その場所に身体を運んで、直接感じて、自分のなかに血肉化していく体験というものがあると思うんですよね。ネット書店でデータをダウンロードした電子書籍も機能的で、持ち運びも簡単で、もちろんとても便利なんだけれども、書店に足を運んで実際に手にした一冊の本の微熱や重さみたいなもの、おそらくその感覚にも通ずるものだと思います。

 動物園に足を運んで、実際の動物を目の当たりにしたときの感覚、これは他には代え難いものがありますね。

土居 そうだと思いますよ。せっかく動物園に来ても、動物が寝ていると寂しい、つまらないって思われる方もいらっしゃるのかもしれませんけど、動物が一日中動いているというのは、本来の生態としては異常なことですからね。

 そうですね、危険な感じがします(笑)。

土居 ところで、動物園で一人の人が一つの個体を見ている時間ってどのぐらいだと思いますか?

 どうなんでしょう? 昔に比べて長くなっている気もしますが……。

土居 実は、2分間見ている人、まずいません。カメラやビデオを持っている場合は少し長くなるんですけど、基本的にほとんど見てないんですよ。ぱっと見て、「あ、キリンがいた」「次!」というのが普通です。

 本当は、もう少しゆっくり見てもらいたいんです。長く観察することで、見えてくる動物の習性がありますからね。それでも、ハシビロコウ *5なんかは「動かない」と言われている鳥ですから、「本当に動かないのかな?」という感じで、結構長い間見ている人はいます。とは言え「やっぱり動かないや・・・」となって、行ってしまう。コアラも同じです。1日のうち18時間~20時間が睡眠時間ですからね、開園中はほとんど寝ています。

 動かないですからね、確かに。

土居 でも本当は、動かないって思うんだったら、「なんでだろう?」って思わなくちゃいけない。

 動くことが当然だと思い込むと、“動かない”という動物の生き方を見落としてしまいますからね。

土居 そうなんですよ。動かないことには、意味があるんです。

 ハシビロコウの場合はハイギョやナマズみたいな大きな魚を補食しますから、沼地でじっと獲物を狙うわけです。水面にぶくぶくっと泡が出てきたところを、「今だっ!」と穫りにいく。だからじっとしているわけです。むやみやたらに動いたら、魚が気づいて逃げてしまう。

 動物園は実物に触れて、動物たちの不思議な生態に疑問をもってもらえる良い機会ですから、そこに気づけるような仕掛けを用意しておかないといけない。すべてを解説すればいいとは思いませんが、考えるためのきっかけづくりは常にやるようにしないといけません。

 フックというか、ヒントを散りばめて点在させるということですか?

土居 そうですね。それがこれからの動物園の課題ですね。

 確かにコアラのケージの前にすごく座り心地のいい椅子が一個置いてあるだけで、「長期戦を覚悟してください」という動物園側のメッセージを感じて、動物の見方が変わるかもしれませんよね。ほとんど動かないハシビロコウの檻の前には、靴を脱いであがる畳があってもいいはず。枯山水の庭を鑑賞するように、動物を見る感じというか・・・・・・。

土居 動物を見ることが楽しいとか、見ることで新しい発見があるんだ、というふうに気づかせるのが動物園の務めです。臭いがくさいと言う人がいるかもしれませんが、「くさい」ということを感じて、「いやだ」と思うのも発見です。じゃあ、なんで自分がいやだと思うのかを考えればいいわけです。

 そうですね。それでこそ、リアリティですよね。

 特に臭いは五感のなかでも一番強く感覚に訴えかけてきますし、記憶にも残ります。どうしてもその感覚はテレビや本では追いつかない。

土居 上野動物園では、小学生以下の子どもたちを「パンダ大使」 *6に任命して、パンダのPR活動をしてもらっているんですけど、彼らに「パンダのフン、触ってみる?」って聞くと、最初はすごく嫌がるんですよ。だけど実際に触ってみると、臭いも少ないし、そんなに汚くないなってわかるみたいですね。

 実感すること程、自分を納得させる術はありません。

土居 動物園に来て、とにかく疑問に感じてもらうのが第一だと思っているんです。

 「なんでコアラはいつも寝ているのかな?」とか「なんでレッサーパンダは木に登るのかな?」とか、疑問に思うことがあったら自分で考えてもらった方がいい。園内に掲示を設けたり、パンフレットを配布したり、それがおもてなしなんだ、サービスなんだという考え方もあるのかもしれませんけど、自分で考える前に知ってしまうと、そこから先に進めません。

 本の世界でも、何かしら答えを求めて読む人が、いますごく増えていると思います。本は本来、遅効性の道具のはずですが、書店に行くと「この本を読んだら5キロ痩せます」というような即効性を訴求する本が目立つように感じるんです。

 僕が読みごたえを感じる本は、読み終わった後に疑問が出てくる本です。個人的には、それこそが読書の楽しみだと思うんですよね。答えを得ることを目的にした読書だと、どうしても自分で考えることができなくなる気がしてしまいます。

 答えが出ない状況が楽しいとか、おもしろいとか、それがストレスどころか、ワクワクするって思う体勢も含めて、そういう気持ちを育てる場所が動物園なんだということを土居さんのお話を聴いていて感じました。

土居 実物に触れて体感するということは大事なことです。体験は実感を行動に移すための人間の原点だと思いますよ。

 たとえば、地球温暖化でホッキョクグマの生活環境がこんなに破壊されています・・・という映像を見て、「ホッキョクグマ、かわいそう」と思う人はいるかもしれませんが、それで「寄付金ください、ホッキョクグマが死にそうです」って言われても、普通は寄付金出そうとは思えない。映像だけで行動に移せる人はごく僅かです。

 そうではなくて、実際に上野動物園にいるホッキョクグマのデア *7を見ている人に対して、たとえば「いま、デアが病気なんです」とか、「デアの仲間がこんな状況なんです」という話をすれば、「あ、そうか」って実感して寄付金を出してくれる人が出てくるかもしれない。動物園は人間の麻痺した感覚を活性化させる場所でもあるんです。

上野動物園のホッキョクグマ。動物舎の改装により、水中を泳ぐ姿も下から観察できる。

 

都市のなかの動物園

 上野動物園は敷地もすごく広いですし、公園もあって、不忍池もある。周辺の環境がどんどん都市化していくなかで、上野動物園=気持ちのいい場所、というイメージが守られているのですが、場所づくりのために、日本の上野の動物園として留意していることや特徴があれば、教えていただけますか?

 たとえば、他の動物園だとグランドキャニオンをモチーフにつくられているというサル山が、こちらの動物園では千葉の鋸山の形を模しているんですよね。

土居 日本の動物園で、サル山をつくったのは上野動物園が最初です。昭和のはじめ、近代化を図って、動物園の大改造が行われました。開園50年記念祭の行われた1931(昭和6)年には、動物舎の半分以上を建て替えたり、改修したりしたんです。

 このときに、日本で最初のサル山がつくられました。昭和6~7年のことです。当時の技術スタッフだった東京市公園課の相川要一氏(造園)が左官職人を連れて房総の山々を探索し、盆景をつくり、現在の山水画のような風景を生みだしたそうです。

房総の山々を模したサル山

 ニホンザルというのは森林性の動物なので、木を渡り歩いて餌を食べる習性です。本来は、ああいう岩山みたいなところには生息していませんが、あの程度の規模を飼うためには、広い土地がないと生態系が維持できません。そういう意味ではすごく管理がしやすいようにつくってあるわけです。

餌を食べるサルたち

 その他にも上野動物園ならではの特徴といえば、都市部のなかでの豊かな自然があげられます。この動物園の区域は、台地の部分と平地の部分の2つで成り立っています。真ん中を橋でつないでいて、あの間は樹木に覆われています。橋を渡ったところに、タブノキというすごく大きい木が生えているんですが、タブノキは本来、海に近いところに生える木なんです。そういう木が残っているということは、簡単に言うと、江戸時代の前まではここまでが海だったんです。入江みたいなところ。台地と低地の間の斜面地には緑が残ります。そういう自然が残っているというのは、上野動物園の大きな特徴の一つです。

 もう一つは不忍池 *8。かなり手を加えていますが、これだけ周囲が都市化したなかでは極めて貴重な自然です。一面に蓮の花が植生していますけど、蓮の葉っぱをきちんと見たことありますか?

不忍池と池を囲むビル群

 正直に告白すると、遠くから眺めたことしかありません。意識して見たことは一度もないかもしれませんね。

土居 蓮の葉っぱって汚れてないんです。何故だかわかりますか?

 ロータス効果と言いまして、ハス科の植物には自浄性があるんです。蓮の葉に生えている微小な毛のおかげで、水がたまると水滴になって、風がふいたときに、それが虫や泥を絡め取りながら転がり落ちます。だから、蓮は常にきれいなんです。

ロータス効果で水滴のたまった蓮の葉

 不忍池の蓮を見て、「きれいだね」って言うだけじゃなくて、「なんで汚れないの?」とか疑問を感じて、そしてその疑問について、自分で考えてみる。そのきっかけづくりに動物園という場所がなれればいいなと思っています。  

 

ミシュランとパンダ

 さて、また話を動物園に戻しましょう。ここ上野動物園は実に来場者数の多い動物園です。ここだからこそ来園した人の流れをどう形造っていこうかと考えていらっしゃることがあれば教えてください。

土居 今後、大きく変えるのはパンダ舎の位置です。現在、表門を入ってすぐのところにパンダ舎がありますが、下に地下鉄が通っていることもあって、音も気になりますし、少し狭いので、西園の方に移すことが決まっています。大きい動物には広さが必要ですからね。木に登れるとか、丘みたいな場所を登れるようにするとか、パンダの動きを立体的に見られるように工夫しなくちゃいけないなと思っています。

 現在の場所から橋を渡って、正門から遠く離れた西園にするわけですね。かなり大きな変化だと思います。

土居 えぇ、ちょっと実験です。人の動きがガラッと変わるので、行列ができたときの緩衝地帯をどこに作るのかとか、解決しないとならない課題はまだまだありますが。

上野動物園のアイコン的存在、パンダ。

 「上野動物園=パンダ」というのは、一種のアイコンですね。周辺の商業地域にもすごく大きな影響をもたらしている。そこまでのアイコンになっているのであれば、どんなに動線から遠くに持ってきても、人は見に来るし、園内の回遊率が高まるのかもしれません。

 実はお店をつくるときもそうなんですけど、「絶対に売れるもの」をどこに置くのか? ということは念入りに考えますね。たとえば、日本で初めてミシュランガイドが発売になったとき、六本木のTSUTAYAさんではどこに置いたかというと、入り口入ってすぐのところに、邪魔になるぐらいに積み上げたんです。発売から一週間たつと、衝動買いのお客さんから、目的買いのお客さんに移行します。つまり、ミシュランをお店の奥に持っていけば、たどり着くまでに店内を回遊してもらい、他の本に出くわすタイミングを作ることができるんです。今のお話を聴いていたら、それを思い出しました。もちろんミシュランとパンダは違いますが(笑)。

 「どうしても見たい!」というものが、正面玄関から離れたところにあったとしても、逆に新しい動線が出来て、普段通らない場所、見ない動物、お目当ての動物を待っている間に見かけないような何かとか、他のものも見てもらえる機会が増えるんじゃないかなって思います。

土居 ただそれには工夫が必要だなと思っています。いま、東園から西園への移動には、いそっぷ橋を渡るしか手段がないので、行きと帰りで通行者が交差するには、あの幅員は少し窮屈かもしれません。極力一方通行で西園から帰ってもらう。そのためには東園で時間をつぶしてから、順次来られるような仕組みを考えないと。そんなこともいま思案中です。 

 

大人のための動物園

土居 講演会で話をするときによく聞くんですよ。「最近いつ動物園にいらっしゃいましたか?」って。そうすると、たいがいの人が・・・、なんて言うと思いますか?

 「子どもと・・・」ですか?

土居 そうなんです。「子どもが大きくなっちゃったから、しばらく来ていない」とか「孫が行かないからなぁ・・・」っておっしゃいます。「それ、どういう意味かわかりますか? ご自身が動物園をどういう場所として捉えていると思いますか?」ってうかがいます。

 「動物園=子どもと行くレクリエーション施設」という捉え方ですか?

土居 そうなんです。知らず知らずのうちに、頭の中でそういう考え方が固定化してしまっている人が多いんですね。ですから、今度は違う目で動物園にいらっしゃったらどうですか? ってお伝えしているんです。

 私は、「大人のための動物園」ってよく言っているんですよ。動物園は子どもと一緒に来るためだけの場所ではないはずです。

 僕自身は子どもが生まれる前から来ていましたから、数は多くないかもしれませんが、好きな人は来てるでしょうね。

 ただ確かに、動物を見る眼は子どもの頃と大人になったいまでは、ずいぶん変わった気がします。動物の生態だったり、フォルムのおもしろさ、その文化的な意味とか、本当は大人だからこそ味わえる動物園の側面があると思います。

 僕は日髙敏隆 *9さんの本がすごく好きなんですが、彼はチョウでも犬でも動物の生態や行動を凝視しつつ、最後は人間について考えるところに行き着く。動物についての考察が最終的に自分に跳ね返ってくる。そういう彼の著作との出会い、あるいは洋画家の熊谷守一 *10が描いた猫の絵や、蟻の絵との出会いがありました。

 子どもから大人になりかけたぐらいの年齢で、日高さんの本や熊谷さんの絵に触れるか、触れないかによって、その後の動物園や水族館への親和性が変わってくる気がします。

土居 一般的な動物園のイメージをどうやったら変えられるのかがこれからの課題ですね。そのためには、大人が来てもおかしくない動物園づくりをしなくてはいけませんし、そういう見せ方、そういうはたらきかけを常にやっていく。

 上野動物園には長い歴史があるぶんイメージを覆すことは簡単なことではないと思いますが、講演会をやり続けて直接訴えかけることもできますし、「動物園がこんなこともやっているんだ」って思ってもらえるようなイベントを企画するとか、方法は探せば見つかるんじゃないかなと考えています。

 大人が一人で来て、思索に耽るというと格好つけすぎかもしれませんけど、考え事をするには動物園はすごくいい場所なんじゃないかと思います。不思議に孤独が気持ちいい場所だという気がするんですよ。

 新宿御苑とか代々木公園に一人でいると、ポツン・・・という感じがあるんですけど、動物園は一人でいても寂しくない。それはやっぱり、必死に生きる動物たちに否が応にも囲まれて、動物たちと対話ができる環境だからだと思います。

 最後にこれからの上野動物園、既に少しずつ変わりつつあると思うんですけど、仕上がりのイメージを教えてください。

土居 今後10年ぐらいの間は日本産の動物を集めたいなと思っています。

 上野動物園の区域内に五重塔が建っていますが、あの周囲に日本産の動物を集めて展示する予定です。日本固有の動物といっても、普段の生活では見ることもなくなってしまっていますから、こういうことなんだというのを雰囲気として知ってもらう。

 それから、子ども動物園も現在の場所から移動させる予定です。これまでのように誰でも動物に触れるような子ども動物園ではなくて、一定のレクチャーを受けた人しか触れないようにした方がいいんじゃないかなと思っています。要するに、ある程度教育的な要素を盛り込んだことをやっていかないと、知らない人は動物園で家畜を触って、こういうものは触れるもんだと思ってしまうわけです。

 触れることが、一つのアトラクションになってしまっているということですよね。

土居 はい。毛を刈ったり、牛乳を絞ったり、本来、家畜を「触る」ことには意味が伴います。ペットは触ることがコミュニケーションになりますが、家畜は人間に触られるのを喜ぶわけではありません。

 それから、もう一つ。敷地内の植生も含めて、園内すべての資源化を目指しています。たとえば不忍池のまわりに何を植えるのか。意識的に「ここでは何を見せる」って、一つひとつ考えていかないと惰性に流されてしまいます。

 いまでも、園内の木も切って動物たちにあげてるんですよ。だったらそれ見せたらいいと思うんです。職員が園内で切った木を持って歩いていたら、「なにやってるんですか?」「これ、ゴリラの餌なんです」「ゴリラって、そんなもの食べるんですか?」「ゴリラはもともと草食なんですよ」という会話が生まれるかもしれません。

 そこまでにはならないとしても、そうなるような「見せる化」は自分たちで考えていかないといけない。これはこういうふうに使っていくんだ! って意識しないとダメだと思ってるんです。ですから、それが完結できるような動物園にしたいなと。

 なるほど、動物園のなかで。確かに、飼育員の方が動物に餌をやる時間というのは、今までどちらかというと、動物園の裏側、オフステージとしてみなされていましたが、すべてをライブにするというか、ガラス張りにすることで資源化するというわけですね。

 その餌がどこに植わっていて、どう食べられて、どういう糞になるかまでがわかると、ここで営まれている生き物の営みが、植物と動物全部を含めて、なんとなく感じてもらえるということですもんね。

土居 雑草もあげていますし、枝を食べる動物もたくさんいます。もちろん苅り続けて、木が全部なくなってしまってはいけませんから、足りない分は他のところから取り寄せてもいるんですけどね。そうやって補てんしながらも、実際、園のなかで使うんだったら、ちょっと切って見せてあげる。あるいは「これは○○が食べます」って看板出したっていいわけですよね。

 確かにそうですよね。

土居 そこまで意識した動物園づくりをやっていく必要があると思っています。要するに、トータルでこの世界に入ってもらわないといけない。

 グッと没入してもらう。

 なんとなく緑が欲しいから「適当に植えとけ、これ安いし」ではなくて、それが動物園にとって、どういう意味とか意義のある植物なのかとか、どういう環境だったら動物のためになるんだろう、ということまで意識して、園内のそこかしこまで血が通っている状態にあるということでしょうか?

土居 そうですね。特にこれから人口が減っていったとき、上野動物園周辺の環境は資源になると思っているんです。

 都心でこれだけ文化が蓄積しているところ、そう多くはありません。ですから、新しく何かを作るよりも、今ある資源をどうやってリノベーションして、うまく活用していくのか。そういう視点で見直しながら、園内の資源化を目指す必要があると考えています。

 動物園の現場って、すごくスリリングで常に動いてる感覚がありますね。動物も人も、奇妙な熱の集合体みたいだなぁというふうに感じました。

 今度は、一人でまた来てみようと思います。今日はお忙しいなか、どうもありがとうございました。

土居 ありがとうございました。        

 

*1:行動展示:「走る・飛ぶ・泳ぐ・食べる」といった動物本来の“種”に由来した動きを引き出し、観賞者が動物の生態やそれに伴う能力を観察できるように工夫した展示。北海道旭川市旭山動物園での取り組みをきっかけに話題に。

*2:ワシントン条約:正式名称は「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」。1973年、ワシントンで採択された(日本は1980年批准)。絶滅や生存を脅かされている動植物を保護するために設けられた国際取引上の規定。

*3:動物行動学:生物の行動を研究する生物学の一分野。

*4:京都大学霊長類研究所:1967年、京都大学に附置・設立された研究所。ゴリラ、チンパンジー等、霊長類に関する総合的研究を行っている。

*5:ハシビロコウ:ペリカン目ハシビロコウ科の鳥類の一種。 ゆったりとした動きで、彫像のように動きを止めるため、「動かない鳥」として知られている。獲物を狙うときは数時間にわたってほとんど動かない。アフリカ大陸、南スーダンからザンビアにかけての湿地に生息。

*6:パンダ大使:全国の小学生以下の男女から公募で選出され、メディア等で上野動物園のパンダをPRする役目を担う。

*7:デア:2012年より展示されているホッキョクグマ(メス)。2008年、イタリアのファザーノ・サファリ生まれ。

*8:不忍池:上野恩賜公園内に位置する天然の池。

*9:日髙敏隆(1930~2009):動物行動学者。理学博士。京都大学名誉教授。日本に動物行動学を最初に紹介した研究者の一人。著書に『チョウはなぜ飛ぶか』(岩波書店)、訳書にドーキンス,R.『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)等がある。

*10:熊谷守一(1880~1977):画家。二科展に出品を続け、「画壇の仙人」と呼ばれた。

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